Xのような短文は自分で書けます。 日々の出来事や気づき、瞬間的な感覚を言葉にするだけなら、それほど負荷はありません。
一方で、ブログのような少し長い文章になると話は変わります。 生活の前提や背景、なぜそうしているのかという文脈まで含めて書こうとすると、思考の整理に時間と体力を使います。 生活そのものを続けながら、それを構造化して記録するのは、意外と難しい作業です。
そこで、AIを使っています。 ChatGPTやGeminiを併用し、頭の中にある断片的な考えやメモを投げ、対話しながら文章の形にしていきます。 AIは「書いてくれる存在」というより、「考えを引き出し、並べ直す相手」に近いです。
この使い方は、生活の上流には入りません。 薪を拾う、水を汲む、獲物を解体する、といった行為そのものは自分で行います。 AIが関わるのは、それらが終わった後、生活を記録に変換する工程です。
生活は放っておけば消えていきます。 体験や試行錯誤を、そのままにしておくと再利用できません。 言語化し、構造として残してはじめて、共有や継承の対象になります。
AIは、その変換効率を上げるための道具です。 思考を外に出し、文章という形にまとめ、後から読み返せる状態にする。 一過性の消費で終わらせないための補助輪のような存在だと考えています。
このブログは、完成された答えを提示する場所ではありません。 生活の途中経過を、記録として残す場所です。 AIを使いながら、その記録を少しずつ積み上げていきます。